Sponsored Links

【頭おかしい】今では考えられない昭和では当たり前だったこと

【頭おかしい】

今では考えられない

昭和では当たり前だったこと


長かった平成の時代も終わり、現在の年号は令和。

現代を生きる人々からはよく「めちゃくちゃだった」と言われている昭和の時代。

そんな今考えるとありえない昭和時代の当たり前だったことをまとめてみました。

一部「それ平成だから」ということもあるかもしれません。

どこでも喫煙可能

どこでも喫煙可能

昭和といえばまず多くの人が思い浮かべるのがタバコのマナーの違いでしょう。

そもそも喫煙マナーという言葉自体が存在していなかったので、道端はもちろんのこと駅のホーム、飛行機や電車の車内、タクシーの車内、映画館など。

基本的にどこでも喫煙可能でした。それこそ仕事中オフィスの自分の机でタバコを吸うのも当たり前、極めつけは病院の待合室でも吸っていました。
小学校で教師が教室内で吸っていた時代です。

そもそも当時の成人男性の喫煙率が80%を超えていたらしいので、どこでもタバコを吸うのは当たり前だったんでしょうね。

喫煙者に人権がない今の世の中では考えられませんね。

タバコは200円程度で買えた

タバコが200円程度

もっとも税金を上げやすいで有名なタバコは現在大体一箱500円程もします。

喫煙者には人権はありませんからここ数年でタバコの金額はうなぎのぼり。

そんな今では高級品なタバコも昭和の時代では一箱200円~250円程度で買えたのです。

今の約半額ですね。
現在1カートン5000円なのが2000円~2500円。

国民の給与がそれほど上がっていないにもかかわらず驚異的な値上げです。
それこそ一気に一箱1000円とか一気に値上げをすればひと思いに禁煙しようと思っている人は沢山いると思いますが、数十円単位で徐々に上げているのが質が悪いところ。

子供でもタバコが買えた

現在はタバコを購入する際コンビニなどでも厳しく年齢確認をして未成年は基本的にはタバコを買うことはできません。

しかし昭和の時代はタバコは誰にでも購入可能でした。

小学生がお使いで近所のタバコ屋で父親のタバコを買っておつりをお小遣いにするなんて光景は当たり前でした。

現在では昔ながらのタバコ屋もあまり見かけなくなりましたね。

教師の体罰

教師の体罰

昭和は教師の体罰は当たり前です。

悪いことをしたらとりあえず思いっきりぶっ叩かれます。
悪いことをしていなくても連帯責任でぶん殴られます。

親やPTAは何してんだと思う方もいるとは思いますが、親も「あんたが悪いことしたんだから当たり前」と教師に対して絶対的な信頼があるので特に問題にはならなかったんですね。

基本的に体育教師は暴力要因なので生徒からは恐怖の対象でしかなく、私の通っていた某〇松商業高校の体育教師は恐らく堅気ではなかったと思います。

部活中の水分補給禁止

部活中の水分補給禁止

これもよく言われていることですが、昭和の運動系の部活動は部活中の水分補給は基本的にはNGでした。

野球部、サッカー部が夏の炎天下の中数時間も水分補給なしで練習するという地獄。バスケ部やバレー部も締め切った蒸し暑い体育館の中で喉カラカラで練習させられていました。

技術よりも根性論が市民権を得ていた時代ですのでたとえ非効率であろうとも、部活中に水を飲むような奴は軟弱だという考えのもと、多くの生徒がぶっ倒れて時には命を落とすことがありましたが、余裕でもみ消して問題にはなりませんでした。

今では水分補給の重要性が浸透しており逆に積極的に水分補給をするように指導されていると思われます。

部活中に倒れられでもしたら、SNSなんかで大荒れでしょうから教師も必死です。

個人情報がダダ洩れ

昭和の時代は個人情報という概念がありませんでした。

学校の卒業アルバムには全生徒の住所や電話番号が記載おり、雑誌で文集相手を募集して普通に自分の住所や連絡先を載せていたりもしました。

むしろ「ハローページ」という電話帳に個人の電話番号や住所が載っていましたから、皆個人情報に対しておおらかだった時代です。
芸能人も普通に住所を公開していたりしたので「ストーカーとか大丈夫だったのか?」とか逆に心配になってしまいます。

ちなみにハローページは個人情報保護の意識の高まりなどの理由により2021年10月以降終了となるようです。

ハローページ

東日本電信電話株式会社(以下、NTT東日本)および西日本電信電話株式会社(以下、NTT西日本)は、お客さまが固定電話番号をお調べいただく手段として、50音別電話帳(以下、ハローページ)をご提供してまいりましたが、携帯電話やインターネット等、固定電話の代替手段の普及、通話アプリやSNS等のコミュニケーション手段の多様化、個人情報保護に関する社会的意識の高まり等の環境変化により配布数・掲載数が大きく減少していることから、2021年10月以降に発行・配布する最終版をもって、終了することといたします。

引用:NTT東日本

 現在の個人情報保護法が成立したのが2003年(平成15年)5月23日なのでそれまではかなりのダダ洩れ状態だったんでしょう。

みんな飲酒運転をしていた

みんな飲酒運転をしていた

昭和の時代は飲酒運転が横行していました。

昭和の時代ももちろん道路交通法(昭和35年制定)で禁止はされていたんですが、今よりも罰則がめちゃくちゃ緩かったのでせいぜい罰金程度で済んでいたんです。

なので車で友人宅に行って一杯ひっかけて帰るだとかは当たり前に行われていて咎める人もいなかったんです。
普通に居酒屋に車で行ってましたからね。そして居酒屋にも駐車場があるという・・
もっとひどい時代だとバスやタクシーの運転手なんかも平気で飲酒運転をしていたとか。

今のように飲酒運転が厳罰化されたのは、交通量の増加に伴い飲酒運転での事故も多発してきて徐々に罰則が厳しくなっていったようです。

土曜日は半ドン

土曜日は半ドン

昭和の時代は週休1日。基本的に一週間の休みは日曜日だけでした。
土曜日は”半ドン”といわれ仕事や授業は午前中だけで午後はお休みでした。

昭和の小学生は土曜日は午前中で学校は終わり、給食もないので帰ってお母さんが作った焼きそばとか素麺を食べて、午後から友達と遊びに行くのが定番。
社会人も土曜の午後は昼間から酒を飲むなんてことも。

土曜日も学校や仕事があるなんてと思う人もいるかもしれませんが、実際は学生も社会人も土曜日は実質休みみたいな感覚で「明日は土曜だから何をしよう」「明日は半ドンだから今日は飲むぞ~」的な感じだったようです。

現在は基本的に週休2日ですがいつごろから普及し始めたのでしょうか?

1980年以降徐々に週休二日制を導入する企業が増え始め1992年に国家公務員に導入されて以降一気に広まっていったようです。

尚、学校などはまず1992年に第2土曜が休みになり、続いて1995年に第4土曜日も休日に。
といったように段階を踏んで小中学校は2002年から高校は2003年から完全に週休2日制となったようです。

公衆電話がそこら中にあった

公衆電話

最近近所を歩いていたら、公衆電話が撤去されているところに出くわしました。

「あ~撤去作業をしているな」と思ったものの、そもそもそこに公衆電話があったこと自体をその時初めて認識しました。
毎日歩いている場所のはずなのにそれほどの認識だったことに少々驚いた次第です。

携帯電話が普及している現在このように公衆電話の必要性、存在感がどんどん薄れていっていますが携帯電話が普及していなかった昭和の時代はそこら中に公衆電話があり、それこそ順番待ちの行列までできていたほどなんです。

大抵の人は公衆電話で使用できるテレホンカードを持っていました。

空き地にエ〇本が落ちていた

昭和の時代は空き地にしばしばいかがわしい本が落ちていました。

処分に困ったのか、もしくはせっかくだから再利用してもらおうという神対応だったのかは分かりませんが、空き地などのあまり目立たない場所に落ちていることが度々あったんです。

ネットで簡単にいやらしい画像や動画を閲覧できるようになった現在ですが、そんなものがなかった昭和の時代は今では考えられないくらいエロ情報を得るのが大変でした。

その時代は基本的にエロ本やHなビデオで賄っていたのですが、小中学生ともなるとそういったツールを手に入れるのも大変で大抵は親や高校生のお兄さんのツールをコソコソと拝借して「おースゲー」などと興奮していたんです。

そんな彼らが落ちているエロ本を見逃すはずがありません。エロ本を見つけた少年たちはまるで宝物でも見つけたかのように狂気乱舞しました。
時にはお宝が雨に濡れてあの紙が濡れた時の独特な匂いを発していようと、それが乾いてパリパリになっていようと関係ありません。

ある者は誰にもばれないようにこっそり自宅に持ち帰り、またある者は秘密基地に持ち帰り親切なお兄さんに感謝をしつつ、その宝を仲間たちと堪能していたのです。

エロ本

人生でエロに一番興味がある彼らにとってそれはそれほど貴重なものだったんです。

昭和のおっさんは簡単にエロが手に入る今の現状をどう思っているのでしょうか?
「あの感動を味わえないなんて今の子は少しかわいそうだな」なんて思っているかもしれません。

エ〇本の自動販売機があった

昭和の時代にはなんとエロ本の自動販売機なるものが存在していました。

まだあるところにはあるのかもしれませんが、おそらくはもう絶滅してしまっていることでしょう。

エロ本 自動販売機
エロ本の自動販売機の外観 参照:ダ・ヴィンチニュース

エロ本自販機はその性質上目立った場所ではなくちょうど上の画像のような人通りの少ない辺鄙な場所や国道沿いなんかでよく見られました。

エロ本 自動販売機
エロ本の自動販売機 参照:フォト蔵

中には上の写真のような自動販売機が何台か設置されていて外から大まかな内容は見てとれるようにはなっていました。
値段は大体1000円前後でした。

今の若者たちは「そんなもん誰が買うんだよ」と思うかもしれません。

しかしながらあなたがネットもないコンビニや書店で成年誌を買うことができない思春期真っ盛りの小中学生だったと考えてみてください。
そんな彼らにとってはこの自販機は救世主的存在だったのではないでしょうか?

目立たないよう人通りがさらに少ない深夜に少ない小遣いを握りしめて、逸る気持ちを抑えて目的地へ自転車を走らせ、誰かいたらどうしようなどと考えながら恐る恐る中に入るのです。

本当はどれを買うか吟味したいところですが、他の人が入ってくる可能性を考えてとりあえず目についた一冊を購入しようとボタンを押します。

「ガゴッ!!」

必要以上の爆音が深夜に響き渡ります。

分からない人はまだ現役で存在していると思われる通称”1000円自販機”と同じような音と思ってください。1等がプレステとかの胡散臭いアレです。

1000円自販機
1000円自販機 参照:爺々のよわよわ録

只でさえ深夜にまるで忍びのように人目を忍んでミッションを達成しようと神経をとがらせている彼らには信じられないような爆音なのです。

もうそれからはもはや忍者でもアサシンでもありません。
自販機に手を突っ込んで出てきたブツを急いで取り出し、その勢いのまま乗ってきた自転車に飛び乗り立ちこぎでまだ高鳴る心臓の音を感じながら家路を急ぐのです。

昭和の少年は誰もがそんな経験をしているのです。昭和のおっさんに聞いてみてください。

「あれ無駄に音でかくないですか?」

野良犬が普通にいた

野良犬 小林聡

今ではすっかり見かけなくなった野良犬。

説明するまでもありませんが野良犬とは飼い主のいない(人に飼われていない)そこらを歩いている犬のことです。

昭和の時代は度々野良犬を目撃することがありました。
小学校の校庭に現れて子供たちが湧きたつなんてことはどこの学校でもよくあった話です。

昭和のアニメ「ドラえもん」や「オバQ」なんかでも野良犬に追いかけられて、電柱に登ってケツを噛まれるなんて描写が良く描かれていましたね。

最近ホントに野良犬見かけないな~と思って少し調べてみました。

保健所や動物保護センターでは、狂犬病予防法第6条という法律にのっとり、野良犬を積極的に保護しています。また、近年ではペットの伝染病予防の観点などから室内飼いの形態が増えており、安易な繁殖が減っているため、捨て犬などの保護件数は減少傾向にあります。

引用元:ヨムーノ

まあ大体予想通りでしたが、狂犬病予防もしていなかったら万が一があったら大変ですからね。

犬好きだった私はよく野良犬を手懐けていましたが、噛まれなかったのは運が良かっただけなのかもしれません。

自販機は100円が当たり前

自販機は100円が当たり前

昭和の時代は自動販売機のジュースはすべて100円で買えました。

自販機といえば100円というのが当たり前で、子供に「ジュースかってきな」といって100円硬貨一枚を渡していたんです。

それが消費税の導入に伴い段階的に110円、120円、130円と段階的に値段が上がっていきました。

この段階的な値上げには一部飲料メーカーに対しての批判的な意見もあり。「自販機で1円は使えないから消費税3%で110円はまあわかる。
ただ消費税が5%、8%の時も値上げするのはどういうことだ」という理論です。

まあ、そうですね現在の10%だとしても110円でいいはずですから。

どさくさに紛れての便乗値上げといったところでしょう。

駅の改札は駅員が切符を切っていた

昭和の時代は自動改札が無かったので改札には駅員さんが立っていて改札に入るとき、出るときは駅員さんに切符を渡すスタイルでした。

駅員さんは改札パンチという下の画像のような道具で切符を切って渡していました。

改札パンチ
参照:関東交通印刷

駅員さんはこの改札パンチをカチカチ鳴らしながら切符を切っているんですが、大量の人を捌く必要があるのでめちゃくちゃな速さで次から次へと切符を切っていきます。
しかも、当たり前ですが一枚一枚有効な切符かどうかも判断しているというんですから、まさに職人技。

この「改札」は有効な切符かどうかを判断して、有効な切符で有れば使用開始の印を付けます。この印は自動改札機の場合は穴を開けたり、駅員さんの場合はスタンプを押す行為なのですが、かつての多くの鉄道では改札パンチで切符に切り込みを入れておりました。駅員さんが1枚ずつ切符を確認してパンチを入れており、切符を切らない間はカチカチと鳴らしながらリズムを整えていた光景も、懐かしいと覚えている方も居るのでは無いでしょうか。

引用元:関東交通印刷

ちなみに私の地元の駅は無人駅なので改札などは無く駅に着いたら車掌さんに切符を渡していくスタイルです。

この前帰省した時は一応交通系のICが使える機械なんかも置いてあるようでしたが、今はどうなんでしょう。随分と帰っていないので進化しているかもしれません。

携帯がないので好きな子の自宅に電話

携帯がないので好きな子の自宅に電話

昭和の時代の恋愛は大変です。

携帯電話がないから連絡手段が固定電話か手紙です。
特に学生時代はお互い実家暮らしなので、連絡を取ろうと思ったら相手の自宅に電話する必要がありました。

大抵は親御さんが出るので、自分は何処の誰でということを名乗って相手に替わってもらわないといけないという、とんでもなく高いハードルがあります。

好きな子に電話するというだけでも緊張しているのに、その前にその子の親御さんという壁があるんですから。
小中学生にとっては相当の覚悟が必要でした。

親御さん対策として学校で「今日何時くらいに電話するから出てね」と約束をしたりもするんですが、タイミングによっては親が出ちゃって、こちらは準備してないからテンパってアワアワしてしまうなんてことも。

そう考えると今は携帯電話がありますから連絡なんてLINEで一発です。

パチンコ屋に子供がいる

パチンコができるのは18歳から。パチンコ屋に入れるのも18歳から。
今はそれが当たり前ですが、昭和の時代は親同伴であれば子供もパチンコ屋に入ることが可能だったので、パチンコ屋に子供がいるのは普通でした。
(可能というか実際は禁止だったのですが、暗黙の了解的なもので入ることが出来た)

子供を膝の上に座らせてタバコを吸いながらパチンコを打っているなんて光景は当たり前だったんです。
少し大きくなってくるとじっとしていられないので、店内を徘徊して落ちているパチンコ玉を拾い集めて遊んだりという光景も。

今から考えると無茶苦茶ですが、子供の車内放置なども問題となっている現状、なぜパチンコ屋に子供の入店が禁止されたのか少し調べてみました。

パチンコ屋に子供の入店が禁止されたのは1990年に起きた栃木県足利市のパチンコ店での女児の誘拐事件(足利事件)がきっかけのようです。

足利事件(あしかがじけん)とは、1990年(平成2年)5月12日、栃木県足利市にあるパチンコ店の駐車場から女児が行方不明になり、翌13日朝、近くの渡良瀬川の河川敷で、女児の遺体が発見された、殺人・死体遺棄事件。 ... 当事件を含めて、足利市内を流れる渡良瀬川周辺で遺体が発見された3事件足利連続幼女誘拐殺人事件とされている。

引用元:Wikipedia

この事件があってから業界内でトラブル防止のために自主規制をしているといったところみたいです。

商店街が賑やかだった

シャッター商店街

商店街に活気がなくなりシャッター商店街という言葉が生まれてから久しい昨今ですが、昭和の時代は日々の買い物は基本的に商店街でするのが当たり前でした。

八百屋さんやお肉屋さん、お豆腐屋さん、乾物屋さん、雑貨屋さん、洋服屋さん、布団屋さんなど商店街に行けば大抵のものが揃っていました。

そんな便利な商店街が廃れてしまった理由は様々あるようなのですが、2000年に大規模小売店舗立地法が改正され各地に総合スーパーマーケットやイオンといった大型の商業施設が矢継ぎ早に建設されたのが大きいといわれています。

専業主婦の数も減ってきて、休日は家族でそういった大規模なショッピングセンターに行き一週間分の買い物を済ませるといったスタイルが田舎の定番となってきています。

カセットテープとウォークマン

ウォークマン SONY

今よりも音楽CDが爆発的に売れていた昭和の時代。

今のようにダウンロードという概念がありませんから、音楽は基本的にCDを購入するか、CDをレンタルして聞く必要がありました。

流行りの曲が出るたびにCDを買っていてはお金が持ちませんから、基本的に本当に好きな曲なんかはCDを購入してあとはレンタルをするというのが普通でした。

なので、そこら中にレンタルCD屋さんがありました。

そこでCDを大量にレンタルしてきて自宅のカセットデッキでカセットテープに録音して、個人で楽しんでいました。

そんな昭和の時代のナウなヤングたちの中で爆発的に流行ったのが、SONYのウォークマン(WALKMAN)。
一生懸命録音した自分好みの選曲をヘッドフォンで街中や登下校時に聴くのが最高にイケたんです。

まとめ

昭和では当たり前だったことを思い出しながら書いてきましたが、昭和生まれの私にとっても「無茶苦茶だな」と思うことも多々。

人々がより快適に暮らせるようにと決められた法律、ルールですが、現代はその法律、ルールに縛られ過ぎて逆に生きづらくなっていると常々感じています。

飲酒運転などは言語道断ですが、一部の悪質なマナー違反者や声の大きいクレーマーに合わせてそのたびに新たに法律を作っていった結果が今の生きづらい世の中になっているのだと思います。

そういった人たちはどうしても出てきてしまうので仕方がないことだと思いつつも、どうしても昔はよかったと感じる点も多々あります。

よく「昭和の時代はおおらかでいい時代だった」と言っている人もいますが、私もその意見には同意でコロナ禍も相まって今の時代は本当に生き辛く、みんなギスギス、ピリピリしてるなと感じます。

携帯電話やインターネットなんかも無いのが当たり前だったとしたら、その方が幸せなんですよ。

-LIFE, 雑学

© 2021 ogulog(オグログ) Powered by AFFINGER5