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初期のK-1の伝説的な試合 ブランコ・シカティック vs サム・グレコ【Branko Cikatic vs Sam Greco】

初期のK-1の伝説的な試合 ブランコ・シカティック vs サム・グレコ

今回は初期のK-1の試合の中でも特に衝撃的だった1997年の「K-1 DREAM ’97」での”ブランコ・シカティック vs サム・グレコ”の一戦。

何が衝撃的だったかって、当時K-1グランプリの初代王者でK-1では無敗だった(多分)ブランコ・シカティックが当時は勢いがあったとはいえ、実績では圧倒的に劣るサム・グレコに敗れるという大番狂わせがあったからなのです。

その頃のブランコ・シカティックといえば一時期の”ピーター・アーツ”みたいな感じで、負ける姿が想像できないくらい本当に強かったんです。

そのシカティックがまさかの失神KO負け。
その試合がすごく印象に残っているのでご紹介します。

ブランコ・シカティック(Branko Cikatić)

ブランコ・シカティック(Branko Cikatic)
ブランコ・シカティック(Branko Cikatić)
  • Branko Cikatić(ブランコ・シカティック)
  • 身長189cm. 体重98kg
  • 生年月日:1954年10月3日
  • 出身地:クロアチア

ブランコ・シカティックはクロアチア出身のキックボクサー。

93年のK-1 GRAND PRIXの初代王者で、その硬くて重たいパンチは「石の拳」や「伝説の拳」ともいわれていました。

実際彼の拳は本当に硬くて痛いらしく、K.O.勝ちのほとんどがパンチによるものでした。

上にあげた動画でもわかる通り初期のK-1で活躍していたムエタイの”チャンプア・ゲッソンリッド”や正道会館(空手)の”佐竹雅昭”、そして後にK-1で4回の優勝をすることになる”アーネスト・ホースト”などもその拳でノックアウトしています。

所属ジムはオランダのピーター・アーツが所属していたことでも有名な名物会長のトム・ハ―リック率いる”ドージョー・チャクリキ”。

ドージョーチャクリキ トム・ハ―リック会長
トム・ハ―リック(ドージョー・チャクリキ会長)

関係ないんですが、ドージョー・チャクリキのセコンドでは会長やトレーナーが所属選手がキックする度に「アーイ!アーイ!」とでかいかけ声を上げるのがすごく特徴的なんです。テレビで観戦していても余裕で聞こえます。
才賀紀左衛門の応援をする”あびる優”の声くらい聞こえます。

ただあびる優とは違って、自分が蹴る度に「アーイ!アーイ!」と激が飛んできて試合している選手も気持ちよくキックすることができるのですごく乗ってくるだろうなと思います。

話は逸れましたがブランコ・シカティックはとにかく初期のK-1では無敵とも思われるくらいに強く、そして絶対的な存在だったんです。

2020年3月22日に65歳で惜しくも亡くなっています。

サム・グレコ(Sam Greco)

サム・グレコ(Sam Greco)
サム・グレコ(Sam Greco)
  • Sam Greco(サム・グレコ)
  • 身長188cm. 体重111kg
  • 生年月日:1967年5月3日
  • 出身地:オーストラリア

サム・グレコはオーストラリア出身の空手家です。

拳獣」という異名の通りファイトスタイルは猪突猛進型で野獣そのものでした。
チャンスと見るやそのパワーあふれる怒涛のラッシュで敵を一気に仕留めます。

派手なK.O.が多かったこともあり、当時日本ではすごく人気のある選手でした。

バックボーンは空手ですがボクシング技術も高く、イメージとしてはロシアンフックのようなオーバーハンドのフックでよくK.O.していたイメージがあります。

体つきを見てもらえればわかる通り、パワーも相当でイケイケだった時のジェロム・レ・バンナとも互角に打ち合える程。

一時期はチャンピオンも狙えるのではないかと言われていましたが、その荒々しいファイトスタイル故にケガも多くK-1では思ったような結果は残せていません。

個人的にもサム・グレコは歴代のK-1選手の中でもトップクラスに好きな選手でした。
力任せに相手を殴り倒す脳筋全開な戦い方が魅力の選手です。

ブランコ・シカティック vs サム・グレコ

さて、今回ご紹介する試合は97年の「K-1 DREAM ’97」での一戦です。

冒頭でもお伝えした通り、当時無敵と思われていたブランコ・シカティックがじわじわと人気が出てきていたものの当時まだそれほど有名ではなかったサム・グレコと戦うわけですが、大方の予想ではシカティックの圧勝と考えられていました。

試合開始からいつも通りの懐が深い隙のない構えでどっしりと構えるシカティック。とんでもない威圧感です。ミルコもそうなんですが、クロアチア出身の選手は異常に気圧感があります。顔も怖いし。

しかしながら、その直後様子見のようなジャブで攻めていたシカティックが不用意にワンツーを放ったところ、カウンターでオーバーハンドのフックが直撃します。

恐らくシカティックからは死角だったと思われるフックをもろに食らってダウンを喫します。多分その前に放ったワンツーでグレコがふらついたのを好機とみて不用意に行ってしまったものと勝手に考察。
この一撃が相当効いていたと思われ、チャンスと見たグレコが猛ラッシュ。2度目の完全なるダウン。

こんな効いちゃってるシカティックは初めて見ました。
そこからよくK-1のK.O.集なんかでよく見る衝撃的な失神K.O.となります。

もうあの鬼神の如き強さのシカティックのそんな姿は想像もしていませんでしのでとても興奮したことを覚えています。

ブランコ・シカティック追悼

ブランコ・シカティック(Branko Cikatic)

今回この試合をご紹介したのは、強かったシカティックが敗れるという衝撃をよく覚えているのはもちろんなのですが、ブランコ・シカティック氏が亡くなったというニュースを見てこの試合を思い出したというところもあります。

65歳。肺塞栓症と敗血症、パーキンソン病も患っていたそうです。
アンディ・フグ、マイク・ベルナルドに続きあの頃の一番熱かったころのK-1選手が次々に亡くなっていくのはとても残念で寂しいです。

ブランコ・シカティックのという名ファイターを忘れないためにも、この記事で紹介させていただいた次第であります。